明るいうちから夫はビール

存分に、わたくしの肢体の匂いを嗅いでください。

 

アソコに押しつけられた、その鼻で、わたくしの内から溢れる蜜の匂いをお嗅ぎになって。

 

花の蜜を吸う蝶のように、わたくしが枯れてしおれてしまうまで、存分に吸い取ってもらいたいのです。

 

初めての恋でした。

 

父親以外には、見合い結婚した夫しか、身近に接したことのないわたくしの、それは初恋だったのでございます。

 

「あとのことは、会長さんを通じて」

 

それだけを言い残して、ホテルの部屋を去って行かれました。

 

あとのこと、というのは、今日のアルバイト代のことなのです。

 

夢のような時間を過したわたくしに、突きつけられた現実は、冷たいものでした。

 

お金で体を売ることと、今日わたくしがしたことに、どこか違いがあるでしょうか?

 

なにも、違いはないのかもしれないと思うと、何故か涙がこみあげてきてしまいました。

 

わたくしも、家に帰れば普通の主婦なのです。

 

子供の世話を焼き、夫の相手をする。

 

今までと、ひとつも変わらない日常がわたくしを待っていることに、一抹の淋しさとともに、小さな幸せをも感じていました。

 

夫の給料では中古マンションを買うのがせいぜいでした。

 

小学生のひとり息子を有名塾に通わせていたものですから、お金に余裕がなかったのは本当です。

 

それでも、わたくしは幸せだと思っておりました。

 

「ただいま、戻りました」

 

「お帰り、今日もPTAの集まりかい?」

 

「まあ、あなた、ずいぶん早くお帰りなんですのね」

 

「今日は、仕事が早く片付いたからな。

 

たまにはいいだろう」

 

珍しく、明るいうちから夫はビールを飲んでいました。

 

「あの子は?」

 

「さっき、塾へ行ったよ」

 

「そうですか。

 

お酒を召し上がるんでしたら、なにかつまむものを作りますけれど」

 

「いや、いい。

 

それより、ちょっと、こっちへきなさい」