花の描かれた着物

そのころ、わたくしはお金に困っておりました。

 

主人は普通のサラリーマンで真面目な人です。

 

え?ギャンブルですか。

 

そんなもの、主人もわたくしも、興味はございませんでした。

 

わたくしには主人に内緒の借金ができてしまっていました。

 

少額のつもりが、だんだん金額が大きくなってきて、返すあてもなくとほうにくれていたのです。

 

はい、そのとおりですわ。

 

子供はひとりです。

 

私立の小学校に通わせておりました。

 

PTAの会長さんが誘ってくださったのです。

 

なにに誘ったかとお聞きになっているんですね。

 

アルバイト、と言えばわかりやすいでしょうか。

 

「少し変わったアルバイトなんですよ」

 

会長さんは、そう前置きしてから、詳しく話してくれました。

 

もちろん、驚きました。

 

あたりまえでしょう?

 

あんな話を聞かされたら、あなただって驚くはずです。

 

たいていのご婦人なら、こんな話、本気にしません。

 

本当だとしても、きっぱり断るはずですわ。

 

たとえ、話を聞いたあとでも、いいえ、詳しい話を聞けば聞くほど、やってみたいと思うようなアルバイトではありませんもの。

 

それならどうして、わたくしが引き受けたかと、お聞きですか?

 

初めに申し上げたじゃありませんか。

 

そのころ、わたくしは、お金に困っていたのです。

 

電話で指示されたホテルに向かいました。

 

ああ、ここは、子供の頃によく家族で食事をしたホテルだわ。

 

母はいつも、季節を先取りした花の描かれた上品な着物を着ていたんだわ。

 

幼いわたくしも、あたりまえのようにお洒落をしていましたっけ。

 

そんなことを思い出しながら、わたくしはホテルのロビーを通り抜けて、エレベーターに乗りました。