洋風の寝室
あの方が、どうしても忘れられないのです。
もう一度、せめて、もう一度だけでいいから、お顔を拝見するだけでもかまわない。
そんなことばかりを想い悩みながら、毎日を過しておりました。
こんなふうでしたからPTA会長さんから連絡をいただいたときには、天にも昇る気持ちなったのでした。
あの日、初めてお会いしたホテルのロビーで待っていたわたくしを迎えにきたのは、ご本人ではありませんでした。
「お迎えにあがりました。
こちらへどうぞ」
車の後部座席にひとりで座って、小一時間ほどで到着いたしました。
ここに、あの方が……。
まるで、鹿鳴館のような、由緒のありそうな立派なお屋敷の客間に通されました。
それからまた、しばらくの間、待たされたのです。
もう、すぐにでも、あの方にお会いできるのだわ。
いつのまにかわたくしは、あの日の記憶を辿っていました。
壮年でありながら、なお美しい容姿の男性.。
現実に、現代の世に存在していると思えないほどに上品で美しい殿方。
まるで、平安の世に生まれた光源氏のようなあの方に、わたくしは心を奪われてしまったのです。
ほどなくして、客間に入っていらしたあの方を見たとたんに、息をのんでその場を動けなくなってしまいました。
あの方は、和服をお召しになっていらしたのです。
くつろいだ様子から、このお屋敷が御自宅であることがわかりました。
優雅な微笑を浮かべて、わたくしに近づいてくるお姿の、なんと美しかったことでしょう。
スッと差し出された右手が握手を求めてのものなのに、わたくし、すぐには気づかないほどでございました。
「来てくれると思ってましたよ」
「はい」
「さっそくですが、こちらへ」
あの方の背中を見ながら、薄暗い廊下を奥まで進んでゆきました。
「ここです」
ひとつの扉の前で立ち止まると、重厚な木製の扉が内側に向かって開かれました。
その部屋は、わたくしが想像した洋風の寝室ではありませんでした。